吃音症というくらいなので、どもりは病気だ。
しかも昨今、障害者認定もされたのだとか・・・
それもそのはず、僕には吃音者であるがゆえに、死にたくなったことが何度かあるのだから。
その時のことについて、今回は振り返ってみたいと思う。
意外にも(昔の)彼女絡みではない
死んだら楽になるなと思ったことは実は数知れない。
その中でも本当に死んでやろうかと思ったことが2回だけある。
とはいえ、巷の吃音者がよく言うように恋愛体験ではない。
意外にも、僕は恋愛対象に直接吃音で困ったことはない。
間接的に、彼女の前で寿司のネタをオーダーできなかったりしたことはあったのだが、それについて彼女は僕を責めることはなかった。
それでも吃音者の僕が彼女にとって頼りなく写ったのは間違いないから破局の原因の一つになっていなくはないだろうが、少なくとも直接的に彼女との関係で死にたいと思ったことはない。
もっとも39歳に吃音を克服するまで一人の女性しかまともな付き合いをしたことがなかったのだから、他の女性と付き合っていたら、死にたい思いに結びついていた可能性はあっただろうが。
追加工事で見積書を提出することに
そう僕が吃音者であることに死にたい思いをしたのは仕事絡みだ。
あれは27歳の頃だった。
26歳になる直前に学生の頃から5年間付き合っていた彼女と別れ、そのショックからは立ち直って、ちょうど仕事が生きがいになりそうだった頃の話。
僕が新卒でついた仕事は建設関係。土木工事の会社だった。
その会社は市町村や県の比較的小さな会社の元請けもやっていたのだが、その当時売上が多かったのは大きなゼネコンの下請けだった。
僕が担当していたのは中堅どころのゼネコン。
発電所の増設工事をしている現場だった。
少し現場が一息ついた時、ゼネコンの所長から追加工事の打診があった。
で、見積もりを書いたのだが、ちょうど川崎市の現場ではなくて、みなとみらいの横浜支店にいるので、そこまで直接持ってきてくれという話になった。
ということで、僕は当時働いていた会社の本社がある大船からみなとみらいの某ゼネコン横浜支店まで見積書を持っていくことに。
3つの覚悟と無残にも開くドア
土木屋さんの移動はいつも車だ。
みなとみらいのランドマークタワーからパシフィコ横浜との間にあるビルの中に、そのゼネコンの横浜支店は存在した。
地下にある駐車場に車を止めエレベーターに。
階ごとに停車するエレベーターが決められていたので支店がある20階に止まるエレベーターを探した。
ほどなく見つかったら、ここからはもう逃げられない。
吃音者、もしくは一部の、あがり症、対面恐怖症的な方にはわかると思うのだが、話をしなくてはいけない場面があるとすれば、実際に話すずっと前から緊張状態が続いている。
この場合も実は、みなとみらいの首都高の出口を出た辺りから、かなり心臓が高鳴っていたのだ。
- 出口で降りて覚悟
- 地下の駐車場に車を止めた時に覚悟
- そしてエレベーターに乗る時に覚悟
意を決して僕はエレベーターの20階のボタンを押した。
こういう時はエレべーターが到着するのが早く感じる。
あっという間にエレベーターは減速を始め、やがて無残にもドアが開いた。
同年代の受付の女性に・・・
出ると踊り場のような場所があり、そこを左に曲がると開けている。
開けるとすぐに受け付けが見つかった。
所長の指示によると、この受付の女性に内線を繋いでもらい、所長を呼び出してくれとのこと。
そして、この受付の女性に話しかけるとき、僕の中の吃音史に残る失敗をしてしまったのだ。
「こ、こ、こ、こ、こんにちは、け、け、け、け、KK社の結城です。」
すでにもう完全テンパイ状態だ。
それでも、あいさつ、そして自分のことがようやく名乗れたら、最後は誰を訪問してきたかを伝えるだけ。
(第2土木部のH所長をお呼びいただけますか?)
これが言えればクリア。さあいけ!
「だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ、だ・・・」
第2が言えない。最後まで言葉が出てこない。久しぶりに最大級のどもりをやって待っている。
受付の女性は、僕が体調を崩したものと勘違いして気遣ってくれる。
でも僕は要件を伝えなければいけない。再度チャレンジ。
「っっっだ・・・」
だ、の言葉を発した時、運命の出来事が起こった。
なんと、タンらしきものを受付カウンターの上に吐き出してしまったのだ。
ツバではない、タンがからむのタンだ。
僕は何を思ったか作業着の袖でカウンターの上を拭いた。
そして体調が悪いふりをして「すいません」を繰り返して眉間を親指と人差指で挟んだ。
頭は真っ白になったものの、とにかくこの場から離れる事しか考えていなかった。
逃げるようにして僕は元のエレベーターに戻り、1階のボタンを叩くように押した。
結局、その後、20階の支店にいる所長に電話をいれ、担当の現場で問題が起きたのでどうしても今日はいけない、その代わりバイク便で今すぐに届ける旨を伝えて許してもらった。
今から考えると、バイク便の運転手も、さっきのあの受付を尋ねるはずだ。
僕はすでに会社名と名前を名乗っている。
差出人の名前を見て、H所長になにか言っていなかったのだろうか・・・
あの日、あの時、僕が横浜支店の壁一枚隔てた受付まで来ていたことをH所長は聞いていたのだろうか。。。
そんなことは、今となっては知るすべもない。