小学3年生で引っ越していじめにあって以来、幾多と口喧嘩もしてきた。
「こんにちは」をいう時には、「こ、こ、こ、こ、こ・・」となってしまいからかわれた言葉が【にわとり】
こ、こ、こ、と3回接頭でつまづいた時には先んじられて「コケコッコー」とみんなで口を揃えて笑われる。
なんとかどもりを回避しようと、最初の言葉が出ずに、息苦しそうにしているのを見られた時は【おい、ソロソロ水槽から出ていいぞ!】
と言われて、また笑われる。
でも実は口喧嘩が苦手かといえばそうではない。
どもりグセのある人間は口喧嘩は得意?
どもりグセがある人が全員とは言わないが、少なくとも僕にとって、どもるという行為を回避するために、話す前に頭でしっかりと理論建てて考えるように、無意識になっていたんだと思う。
それに、人前で話すのは当然吐き気がするほど嫌いだったけれど、反面読書は大好きだった。
そんなことから、一般的な同級生、特に男子に比べると国語読解力とか、理路整然と考える力は優れていたと思う。(あくまでもイメージだが・・)
なので、口喧嘩が始まると序盤は常に優勢だった。
そして僕の場合は幸か不幸か腕っ節も弱い方ではなかったため、相手が精神的限界を超えて暴力に訴えかけてくるようなこともほぼなかった。
ところが、相手も負けるのは嫌いなのだ。
終盤になってくると、相手も実は卑怯とは承知のうえでも冒頭のように、どもりの部分を突いてくる。
いくら理論で勝てても結局どもりネタでからかわれては、こちらとしては手も足も出なかった。
もちろん、何かは良心的な人間もいてからかうのを非難してくれたりするのだが、もうその時点では僕の理論の正しさを補足してくれるというよりかは、哀れみからかばってくれている向きが強かったような気がする。
つまり喧嘩には負けたのだ。
とはいえ、そんな不毛な時代は去り、高校、大学、社会人と進む限り、口喧嘩自体しなくなったというのもあるが、どもりネタでからかわれることはなくなった。
もちろん細かいものはいくつもあるが、今も心の中にしこりが残っているものというのは殆ど無い。
その中で、明確に悔しい思いをしたことが一度だけある。
しかも、当時の僕の中で最大級の弱みを付け込まれた格好だった。
これを言われてしまったらぐうの音も出ない
あれは建設会社に入って4年目だった。
先輩社員と居酒屋で飲んでいたんだが、半端な兄ちゃんが、はやりトッポイ半端な姉ちゃんと飲んでいた。
細かいことは割愛するが、ひょんなことから言い争いになったのだ。
案の定、兄ちゃんは僕のどもりグセを攻めてきた。
久しぶりに、どもりネタでからかわれたが、それほど気にならなかった。
明らかに頭の弱いお兄ちゃんのつよがりにしか感じなかったからだ。
ところが、兄ちゃん、劣勢になったと感じたのか、遂に禁断の僕の弱みを惜しげも無く指摘してきた。
それは・・・薄毛。
そう、その頃20代半ば過ぎだったのだが、少なくとも親子3代薄毛(祖父の先代はわからない)の家系である結城家は、完全に遺伝ですでに薄毛の伐採ラインがおでこからかなり後退していたのだ。
そして、その兄ちゃんから発せられた言葉、それが・・・
兄ちゃん:「っるせー、ハゲ!ハゲなおしてから出直してこいや」
このひと言に、僕は久しぶりに火が付いた。
おそらく時間にして数分だと思うが、外に出ろだのなんだのというやり取りが続き、先輩社員に連れられて店を出た。
当然、僕は身を引きたくなかったのだが先輩の顔を立てないわけにもいかず、その勝負を諦めたのだった。。。
そんな口喧嘩したら理屈では勝てるのに勝負で負けてしまう材料を2つも持ってしまった当時の僕。
今だからこそ、こんな回顧録としてヘラヘラしながら書けるが、あの夜は悔しさで眠れなかったことをよく覚えている。